アドナイ・エレ

「アドナイ・エレ」(主の山に備えあり) 創世記22章14節 この言葉は、アブラハムがその子イサクを神の言に従って、モリヤの山に行きささげようとした時に、み使いが現れてイサクの代わりに一頭の雄羊が備えられていることを告げられ、それを燔祭としてささげた所の名として付けられたものです。 65歳で突然天に召された敬愛してやまない故馬場哲雄兄が、この言葉にメロデーを付けられた賛美が「アドナイ・エレ」という曲です。「主にすべてささげて歩む、主にすべてをゆだねて歩む、そのときすべてが備えられる。アドナイ・エレ、アドナイ・エレ」という賛美です。 わたしは、いつもこの賛美を主にささげ、「アドナイ・エレ」の信仰をもって歩み続けていきたいと祈り願っています。

「キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである」
(エペソ人への手紙2章14~16節)*前回と同じ聖書の箇所にしました。

 

スポーツマンシップの真髄は、試合の後にお互いの健闘をたたえ合う、「ノーサイドの精神」にあると言われています。敵味方に分かれてどんなに激しくぶつかり合い戦っても、試合終了のホイスッルが鳴れば、敵も味方もなくなり、お互いをリスペクトし合う精神です。

この精神は、上記の御言葉に記されていますようにイエス・キリストの精神でもあると思います。パウロはこのことを上記の聖書の箇所で、次のように記しています。「キリストは、わたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除かれた」(2:14)と。

旧約聖書の創世記から始まる人間の歴史は、まさにこの敵意の歴史でもありました。人間の始祖であるアダムとエバは、その罪の責任を他者(エバは蛇に、アダムはエバに)に負わせて責任転嫁して自己正当化し神に背きました。次にふたりの初めての子であるカインは弟のアベルに嫉妬して敵意を抱き、アベルを殺害してしまいました。

父なる神は、このような神と人、また人間同士の関係の修復のために、アブラハムを父祖とするイスラエル民族を選ばれ、その回復を計られました。しかし彼らはそのような神の意図からはずれ、選民意識だけが強くなり、自ら優越感・特権意識をもつようになり、他者(異邦人)を裁く結果になってしまいました。

このような人間の罪の歴史(敵意の歴史)に終止符を打つために、父なる神は、そのひとり子であるイエス・キリストをこの地に送られました。パウロは前述の聖書の箇所に続けて、そのことを次のように記しています。

「イエス・キリストは、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神に和解させ、敵意を十字架につけて滅ぼしてしまったのである」(2:14~16)と。

パウロはここでふたつのものをひとつにするのは、十字架によってのみ可能であり、試合終了のホイッスルが鳴ってひとつになるように、本当の和解と平和は、イエス・キリストの十字架によってもたらされるということを私たちに教え示しました。

今、世界はロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナのような戦争や紛争などによって敵意に満ちた世界となっています。お互いが自己正当化し、自己主張、自己正義が蔓延した世界となっています。このような世界は、どこまで行っても平行線のままで解決の道を見出すことができません。隔たりだけが大きくなるばかりです。

このような中にあって、父なる神は、敵意という隔ての中垣を取り除くために、もうひとたびパウロの言葉を通して、私たちに十字架を見上げることを教え示そうとされているのではないでしょうか。イエス様が十字架上での極限の苦しみの中で、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ23:34)と、私たちを愛し赦してくださった言葉に、全人類が耳を傾けることを願っておられるのではないでしょうか。

イエス様の十字架を見上げる時、私自身の罪の深さを知らされます。誰ひとりとして堂々と胸を張って自己正当化、自己正義化などできなくなってしまうのではないでしょうか。パウロが告白したように、他の誰でもなく、この私こそがまさに「罪人のかしら」なのです。

私たちが何の罪もない神のひとり子を一方的に十字架にかけて殺した(神に敵対した)にもかかわらず、その罪を私たちに負わせるのではなく(裁くのではなく)、すべての罪をひとり子であるイエス・キリストに負わせ、その一切の罪を一方的に赦してくださいました。十字架こそがすべての敵意を取り除く唯一まことの和解と平和の道なのです。

今週からレント(受難節)に入りました。イエス様の復活(イースター)を迎えるにあたり、静まってイエス様の十字架の意味をもうひとたび深く心にとどめましょう。そして、2024年のイースターを私たちひとりひとりが新しく生まれ変わる時としましょう。イエス・キリストとともにあるなら、どんな人であっても新しく生まれ変わることができるのです。なぜなら、私自身がそのひとりだからです。

「キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである」
                 (エペソ人への手紙2章14~16節)

  今、ウクライナ・ロシア、イスラエル・パレスチナなど世界中のいたるところで戦争や紛争が起っています。それらの映像を見るたびに心が痛みます。

時として、「もうこの世界に平和は訪れないのではないか?」という思いさえ湧いてくることがあります。そのような時、下記の記事に出合いました。

記事の末尾に「ハレルヤ!祈りは聞かれる。人には不可能でも、神にはできないことはない」と書かれていますように、私たちの目から見ると不可能と思えることも、神の御手の中にあれば可能となるのです。

この記事を読んで、私の目には不可能と思えることも、神の御手が伸ばされれば必ず可能になることを信じて、改めてあきらめずに祈り続けていこうという思いになりました。

もうすぐ混迷の2023年が終ろうとしています。この記事を読んで、ひとりでも多くの方が、明日への希望の光を見出してくだされば幸いに思います。

 【12月25日ワールドミッションレポート:アイルランド「クリスマスの奇跡、やり直すことのできない人生など存在しない」】

デビッド・ハミルトンは北アイルランド在住の引退した牧師である。彼は、ある年のクリスマス礼拝をきっかけに、人生が完全に変えられたのだ。以下は、彼の言葉による麗しい証しだ。

私は、プロテスタント系住民とカトリック系住民が激しく対立していた時代の北アイルランドのベルファストで育ちました。プロテスタント系住民は北アイルランドを英国内に残すことを望み、カトリック系住民はアイルランドを一つの独立した共和国として統一することを望み、両者の間には流血の絶えなかった時代です。(1960代後半から1990年代後半まで続いた北アイルランドをめぐる英国アイルランド間の紛争は、プロテスタント系住民とカトリック系住民との間に生じた摩擦である。誤解されがちだが、これは宗教対立ではなく、政治的領土的な摩擦だった)

私が初めてプロテスタント系住民とカトリック系住民の政治的違いを意識したのは、14歳の時でした。プロテスタントであることを理由に、カトリックの少年たちに殴られ、川に投げ込まれました。その日が私の人生の転機となり、私は破壊的な道を歩むことになったのです。私は二度とカトリックの友人を持たないと心に堅く決めていました。10代の私は、政治テロリストになるという運命的な決断を下し、アルスター義勇軍という非合法の準軍事組織に入隊しました。私は自分を、女王と国への忠誠という大義のために戦う正義の活動家だと思っていました。そして私は爆弾テロ、銀行強盗、その他武装強盗などいくつかの犯罪をおかし、そのうちの1つの容疑で逮捕され、17歳のときに私は刑務所に服役しました。その時は1年後に出所しましたが、その後、私はまた犯罪に手を染め、また逮捕され、今度は12年の刑に服したのです。

私が刑務所に入って数年経った頃、普通では考えられないことが起こりました。私はその年のクリスマス、なんと教会の礼拝に出席していたのです。もちろんその礼拝に出席したのは純粋な信仰心からではなく、独房から出て、他の棟の囚人と会い、密輸品や小話、情報を交換するためでした。信仰心とは全く関係のない動機で礼拝に参加した私でしたが、その朝、刑務所のチャプレンが尋ねました。「今朝の聖書箇所を読んでくれるボランティアはいませんか?」と。どういうわけか誰も答えないので、私の前に座っていた囚人が振り向いて、こともあろうに「デイビーがやるって言っていたよ!」と言ってしまったのです。突拍子もない発言に私は「冗談じゃない!」と内心思いましたが、それで尻込みしたのでは、みんなの笑い者にされるとわかっていたので、意を決して、私は聖書を手に取り、その日の箇所―ルカ福音書のイエスの降誕物語―を読みました。読み終えたとき、私は笑っていました。どういうわけか、私は聖書を読んで気持ちがよかったのです。

クリスマスが終わり年が明けた1月上旬、私はまた別の経験をしました。ある日の夕方、独房の施錠がされる少し前に、私は紅茶を入れました。枕元に折りたたんだ紙が置いてあり、「イエス・キリストはもうすぐ帰ってくる」と書いてあったのです。私は笑って、それを丸めて独房の窓から投げ捨てました。しかし、ふとある思いがよぎったのです「そろそろ変わろう、クリスチャンになるんだ 」と。これには自分でもびっくりしました。しかしその思いは、しばらくの間、私の中で繰り返され離れませんでした。

最初は、神様が私のような人間に興味を持つわけがないと思って笑い飛ばしていました。私は、悪いことをした悪い人間なのです。ベッドに横たわりながら、私は死と隣り合わせになった時のことを考え始めました。例えば、婚約者と外食したとき、アイルランド共和国軍に殺されそうになった夜のことがありました。またある時は、私が仕掛けた爆弾が、ビルの中で早々に爆発したこともありました。爆発で私の上着はズタズタになったのですが、私自身はかすり傷ひとつ負わずに助かったのです。路上で銃を突きつけられ、引き金を引かれたこともあります。ところがその時、その銃が動かなくなり、私は奇跡的に助かったのです。

そんなことを考えていると、突然あることに気がつきました。「あれは偶然なんかじゃない。幾度もあった、死ぬような危機から私を守り生かしてくれたのは神様だったんだ!」と。自分は幾度となく死んでいてもおかしくなかった。それなのに、なぜまだ生きているのだろう?突然、頭の中にある考えがよぎりました。「神様のおかげだ!」その思いは、考えれば考えるほど、強い確信に変わっていったのです。そのとき私は、無性にクリスチャンになりたいと思いました。でもどうしたらいいのかわかりません。ところが、ありがたいことに、翌朝、私のベッドの上にいつもトラクトを置いてくれた人に出会ったのです。私は自分でも驚いたことに、自分はクリスチャンになりたいと打ち明けました。実は私は以前、彼の信仰を何度も馬鹿にしていたのです。彼は笑って相手にしないだろうと思いましたが、なんと彼は、そんな私を抱きしめてくれたのです。彼はさらに、1ヶ月分のトラクトを私にくれました。

そのうちの一枚のトラクトの裏面には「主イエスよ、今日、私の心に入ってきてください」というシンプルな祈りが書かれてありました。私は「主イエスよ、私の心に入ってきてください」と、まるで自分の本気度を神に知っていただくかのように、6回もその祈りを繰り返しました。刑務所の労働に戻るために独房のドアが開いたとき、私は最初に会った人にそのことを伝えようと決心しました。ところが恐ろしいことに、私の告白を聞いた彼は「デイビーがクリスチャンになった!デイビーは神の部隊に入ったんだ!」と叫び始めたのです。彼は「デイビーはクリスチャンになったんだ! 神の部隊に入ったんだ!」と何度も繰り返して叫びました。

チャプレンを見つけた私は、「自分は今、クリスチャンになったんだ!」と叫びました。チャプレンは立ち止まり、私に歩み寄ってきて「いつからそうなったのですか」と尋ねました。チャプレンは私を自分のオフィスに招き入れ、私が自分の身に起きたことを話すのを微笑みながら聞いてくれたのです。私が話し終えると、彼は戸棚を開けて、私が初めて自分のものとして受け取った聖書、つまりそれは小さな赤いギデオンの新約聖書だったのですが、チャプレンはそれを渡してくれました。彼が私のために祈ってくれたとき、私は10フィートも自分の背が伸びたように感じ、背筋が正されるような思いがしました。

実はその時、人知れず私のために陰で祈ってくれていた婦人がいたのですが、私はそのことを露ほども知らなかったのです。その人物は、叔父の義理の母のベッグス夫人という年配の女性でした。私の判決の日、母が息子の絶望的な判決のことで泣いていると、ベッグス夫人は母の肩を抱き寄せ、首を横に振ってこう言いました。「もし神がジョン・ニュートン(奴隷船の船長で、回心し『アメイジング・グレイス』を作曲した人物)の心を変えることができるなら、あなたの息子さんの心も、当然、変えることができますとも。私は毎日、彼のために祈ります!」と。

実際、母がベッグス夫人に私の回心のことを伝えると、ベッグス夫人は何も驚きませんでした。実は母が伝える前に、ベックス夫人は既にそのことを知っていたと言うのです。ベックス夫人曰く「神がその日、私の心から重荷を取り除いてくださっていたので、私の祈りの戦いは勝利したと確信しました」というのです。そして彼女は「神様は、彼が将来、牧師になるように祈りなさいとも言われたのよ!」と母に告げたのです。とても母には信じられなかったのですが、そう、ベッグス夫人のその言葉は正しかったのです。

刑期を終えて出所した私は、プリズン・フェローシップの伝道師として働き始めました。その5年後、私は巡回伝道師としてヨーロッパ中を旅するようになり、さらに12年後、イギリスの教会の牧師として招聘され、定年までその任についたのです。

現在は、アイルランドに戻り、アイルランド全土で伝道を続けています。そして今、このことはハッキリと断言できます。やり直すことのできない本当に絶望的な人生など存在しないのです。
 ハレルヤ!祈りは聞かれる。人には不可能でも、神にはできないことはない。ハミルトン牧師がそうであったように、今夜、世界中のどこかの教会のどこかのクリスマス礼拝の些細な出来事を通して、主が誰かの人生を完全に変えてくださるように祈ろう。そう、主にあっては、本当に絶望的な人生など存在しえないのである。メリー・クリスマス!!(アイルランドの宗派:プロテスタント0.9%, カトリック81.7%, 聖公会2.2%, イスラム0.9%, 無宗教7.3%, その他)

*この記事と合わせて、2021年5月に北九州の企救エクレシアで説教した「ノーサイド」の動画をブログからご覧いただければ幸いです。

 「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その計り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。」 (コリント人への第二の手紙4章7節)

  土の器 欠けだらけのわたし

その欠けからあなたの 光がこぼれ 輝く

土の器 ヒビだらけのわたし

そのヒビからあなたの 愛が溢れ 流れる

こんなわたしでさえも

主はそのままで愛してくださる

だから今 主の愛に

応えたい わたしの全てで

用いてください主よ

わたしにしか できないことが 必ずあるから

 (作詞・作曲)田中瑠美子

 上記の詩は、今月の初め北九州にある企救エクレシアという教会の設立記念礼拝で私が説教のご用をした時に、礼拝の中で賛美された「土の器」という曲の歌詞です。初めてこの曲を聴いて、何て素晴らしい歌詞なのだろうと思いました。

 その日の説教は、「教会の本質と使命」と題して、ルカによる福音書の中の「善きサマリヤ人のたとえ」から御言葉をとりつがせていただきましたが、説教の内容とこの歌詞がぴったりで、聖霊の導きの不思議さに驚きを覚えました。

 伝道者パウロがイエス様と出会って自分自身のことを、「わたしは罪人のかしらである」(テモテへの第一の手紙1章15節)と言っていますように、私たちは土くれで創られた欠けだらけでヒビだらけの器であることを知らされます。

 しかし、そのような欠点だらけの器であっても、そこにイエス様の光が注がれる時、その器は光(イエス様の愛)に満ち溢れ、欠けてヒビ割れた部分からその愛が溢れ流れだし、他者に流れていくのです。

 何と素晴らしいことでしょう。私たちは欠けだらけヒビだらけの器であったとしても、イエス様という宝がその器の中に住んでくださる時、私たちの思いを遥かに超えて、主が私たちを用いてくださるのです。

 それが自分の眼から見て、どんなに小さい働きだと思えても、それはあなたにしかできない働きだというのです。この土の器を通して、もっともっとイエス様の愛が溢れ流れていくように、日々イエス様とともに歩んでいきたいという思いを新たにされた賛美との出合いでした。

 

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